第2話 Y.I.Lへようこそ
見知らぬ天井が見える。
「んが?……んん、んがが?」
(なんだ? ここ、どこだ?)
タイゴは目を覚ました。
ゴソッ——。
起き上がろうとするも、動かない。
「んが! んがが!」
視線を落とすと、両腕も両脚も縄でぐるぐる巻き。さらに口には猿ぐつわまでされていた。
「んんんんっ!!」
必死に身体をよじった、その時——。
「目覚めたか……」
聞き覚えのある声。
「んーー!」
タイゴが声の方へ顔を向ける。
「んがえが!!」
(お前は!!)
タイゴの目が見開かれた。
ドーーン!!
そこに立っていたのは、先ほど怪物を倒した直後に現れ、タイゴを気絶させた大男だった。
男は堂々と胸を張る。
「ようこそ!!」
ヴゥゥン....
その声と同時に、男の背後の巨大モニターが点灯した。
画面いっぱいに紋章のようなロゴ。その下には大きく【Y.I.L】の文字。さらに、なぜか男の周囲には派手な花吹雪まで舞っている。
「Yoku Interface League——ヨーク・インターフェース・リーグ」
「通称——Y.I.L《イル》へ!!」
男は両腕を大きく広げた。

「ここは——欲望と人間、そして世界を結ぶ特務機関の“ヒノモト支部”!」
「改めて……ワシは司令官の篝 火造《かがり ひづくり》だ!!」
巨大モニターを背に、堂々と立つカガリ。
しかし——。
「…………」
その真正面では、タイゴが縄でぐるぐる巻きのまま床に転がっていた。
「んががっ!! んごんごいいぃ!!」
(ほどけ!! このクソジジイ!!)
グネグネ——!
タイゴは必死に身体をくねらせる。その姿は、まるで巨大な芋虫だった。
「あっ……」
カガリの動きが止まった。
「そうだった。すまん、今解く」
シュルシュル……。
カガリはタイゴの猿ぐつわを外す。
「なんなんだ、てめぇは!!」
タイゴの怒号が部屋中に響き渡った。
「いきなりこんなとこ連れてきやがって!!」
「あそこでは人目につくからな...」
カガリはそう答えながら、身体を縛る縄も解いていく。
最後の縄がほどけた、その瞬間——。
ブォンッ!!
タイゴの拳が、カガリの顔面へ襲いかかる。
ガシッ!!
カガリはタイゴの拳を寸前で受け止めた。

「まぁ、落ち着け」
「ふざけんなよジジイ! どこだここは!」
パシッ!
タイゴは拳を乱暴に振りほどく。
「俺は早く帰って“塩握り”が食いてぇんだよ!!」
「あと、ラーメン!」
「…………ニヤ」
カガリの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「塩か……」
「あ?」
「確定的だな」
「何がだよ」
ゴソッ。
カガリは懐から、小さなビンを取り出した。中には、わずかに塩が残っている。
「ほれ!」
「あっ! それ俺のじゃねぇか!」
タイゴはひったくるように塩のビンを奪い返した。
「てめぇ、人のもん取んなよな!」
「フフフ……」
「なぜお前をここへ連れてきたのか、今から説明しよう」
大事そうにビンを握るタイゴを見ながら、カガリが近くの椅子を指差す。
「ああ? 勝手に話進めてんじゃねぇぞ?」
「まぁ、そこに座れ」
「…………」
「なんなんだよ、ったく……」
タイゴは渋々椅子へ腰を下ろした。
「これを見ろ」
ブゥゥン……。
カガリの背後にあるモニターの映像が切り替わる。そこには様々な異形の怪物が映し出された。
人に近い姿。獣のような姿。建物を覆い隠すほど巨大なもの——。
そして、異形の怪物たちに混じり、先ほどタイゴが倒した怪物も。

「これは……さっきの気持ち悪い……ナメクジ……いや、豚か?」
キュッ……。
タイゴはビンの蓋を開け、指先につけた塩を真顔で舐めた。
「こいつらは古来より、ヒノモトでは“妖怪”とも呼ばれている」
「だが、その正体は——人間の欲望が“ヨーク”となり、怪獣の姿となって現れたもの」
「すなわち——“ヨーク怪獣”だ」
「はぁ?」
タイゴの眉間にシワが寄る。
「ヨーク? 怪獣?」
「そうだ」
「意味わかんねぇよ」
ペロッ。
また塩を舐めた。
「で? それがどうしたんだよ?」
「我々Y.I.Lは、この怪獣たちを研究し、そして“殲滅するため戦う"組織なのだ」
「……戦う? なんでよ?」
ブゥゥン……。
再度モニターが切り替わる。
「人間の欲望から生まれた怪獣は街を破壊し、時に人の心を操る」
そこには崩れた建物。抉られた道路。炎と煙に包まれた街など、様々な災害の映像の記録が流れる。
「奴らは社会に深刻な被害を与える……だから我々が戦わなければならん!」
「…………」
ペロッ。
真剣な説明をよそに、タイゴはまた塩を舐めた。
「んなもん、警察とか防衛隊に任せとけばいいだろ」
「ふっ……確かにその通りだな」
カガリは腕を組む。
「実は我々の機関は、防衛隊とも深い“関わりがある”!!」
ポンッ!!
タイゴは左手のひらへ、右の拳を軽く打ちつけた。
「そうでしたか!!」
「では、引き続き国をお守りください」
そのまま立ち上がり、出口へ向かう。
「まてーーーーい!!!」

◆
タイゴは再び椅子へ座らされた。
「まったく! 年寄りの話は最後まで聞かんか!」
「……なんだってんだよ」
(老害が……)
「聞こえとるぞ……!!」
カガリは眉をひくつかせ、咳払いした。
「お前の言うとおり、防衛隊にも討伐を任せたいところだが——怪獣には、人類の兵器が通用しないのだ」
「はぁ?」
「それに……お前が戦った怪獣は、普通の人間には視えていなかっただろう?」
「…………あ」
タイゴの脳裏に、先ほどの記憶が蘇る。
◆
——ナメトンとの戦闘。
『おい、あんた! あいつが視えてねぇのか!?』
『あいつって……??』
怪物はすぐそこにいる。だが、通行人の視線は怪物を素通りしていた。
◆
「どうやら思い当たる節があるようだな?」
「なら兵器も効かねぇ、視えもしねぇ相手に……どう戦うってんだよ?」
「それはな——」
カガリが静かに拳を握る。
ズズズズズ……!
その拳から、禍々しい瘴気が立ち上った。

「“ヨーク”には、“ヨーク”を」
「……!!」
タイゴの目つきが変わる。
なんだ……これ
目に視えるだけではない。
肌の奥を撫でられるような、不快な感覚。
なんかこの感じ……あの豚からも感じたような……
「視えるだろう? これは“ヨーク”という生命エネルギーだ」
炎のように揺らめくヨークが、カガリの拳を包んでいる。
「そして——怪獣と同じくヨークを扱い、怪獣と戦える者」
「それが“アンチャー”だ!!」
「……アンチャー?」
「そうだ。アンチャーとは我々の言葉で、“欲を律し、覚醒した者”を意味する」
「そして、怪獣の核を破壊できるのは——ヨークのみ!」
「…………」
タイゴの表情が、少しだけ真剣になる。
「我々Y.I.Lは、そんな怪獣と戦う者たちに敬意を表し——」
「“アンチャーズ”と呼ぶ」
カガリは一段と胸を張った。
「アンチャーズ——それは世界の裏側で暗躍する、“ヒーロー”の称号なのだ!!」
「…………」
ペロッ。
「なるほど……」
「どうだ? 少しは我々の目的が伝わったか?」
「意味がわからん」
「なに!?」
「ていうか、話が長い……」
ペロッ。
「それだ!!!!」
「うおっ!?」
突然の大声に、タイゴの肩が跳ねる。
「その塩だ!」
カガリはタイゴの指を力強く差した。
「塩がなんだってんだよ……?」
「力に目覚めたアンチャーには、ある特徴が現れる」
「ヨークを制御するために、"心臓が変形する"のだ!!」
カガリは自分の心臓に手を当てる。
「……心臓が変形?」
「そうだ。そして、それに伴い——身体は極度に塩分を求めるようになる」
「……はぁ?」
「塩にはヨークを中和する効果がある」
「まだ完全にはヨークへ適合していないお前の体は、拒否反応を起こし、自然と塩を求めてしまっているのだ」
「…………」
タイゴはビンの中で揺れる塩を見つめる。
「じゃあ……俺もその"ヨーク"とやらが体の中にあるのかよ?」
「そういうことだ」
カガリが一歩踏み出す。
「よく聞け!」
「アンチャーになれる人間は、国内でもごく僅かだ」
「だから?」
「アンチャーになった者を前に、ワシが逃すはずがなかろう!」
カガリがニヤリと笑う。
「お前のような人材をY.I.Lへ勧誘する——これも、この機関を任された司令……いや、“英雄”の宿命なのだ……!」
「何が“英雄”だよ」
タイゴは冷たい目を向ける。
「やってること普通に犯罪だぞ?」
(あと勧誘じゃなくて“拉致”な?)
「タイゴよ!!」
「ここまで話せばワシの意図は伝わったな?」
カガリは右手を差し出す。

「お前もY.I.Lに所属し、アンチャーズとして、そして、世界平和のため....」
「共に戦ってくれ!!」
「めんどくせぇ。断る!」
一拍も置かなかった。
「…………」
差し出された右手だけが、虚しく宙に残った。
◆
「ふっ……短期間だが、なかなかお前のことが分かってきたぞ」
カガリの額に、一筋の汗が流れる。
「そうですか。では帰らせてください」
「待て!」
「アンチャーズは稼げるぞ!」
「別に金は欲しくねぇ」
「好きなものもいっぱい食べられるぞ!」
「食うのもめんどいから、二、三日飯食ってねぇ」
「ぐっ……!」
「ヒーローだぞ!? 女の子からもモテるかもしれんぞ!?」
「大丈夫だ」
タイゴはキメ顔を作った。
「すでにモテている」
クソ……!
こいつ、は"一体何のヨーク"なんだ……?
「何も分かってねぇじゃねぇか。なぁ、もう帰っていいか?」
「はっ!!!」
カガリの目が見開かれた。
「お前……"巨乳"は好きか……?」
「…………」
ピクッ。
タイゴの耳と眉が、ほんのわずかに動いた。
「はっ、巨乳?」
「何言ってんだ? ガキじゃあるまいし」
その視線が、なぜか横へ泳いだ。
「あれれー? 目が泳いでるぞー?」
「泳いでねぇ!」
「本当に興味ないのかな?」
「ない!」
「あいにく、女には困ってねぇんだわ」
「……そうか。残念だ。“紹介したい者”がいたのだが」
「紹介?」
タイゴの目が一瞬だけ動く。
「知らねぇーよ」
すぐに顔を背け、そのまま出口へ向かう。
「話はここまでだ! これ以上、めんどうなことに俺を巻き込むな」
ドアノブへ手を伸ばし、ふと振り返る。
「あとな——」
「今までの“妄想話”、一度、医者に診てもらった方がいいぞ?」
一拍置き——。
「……老人だしな」
ビキンッ!!
カガリの額に青筋が浮かぶ。
こいつ……!
「じゃあな」
タイゴがドアを開けようとした、その瞬間——。
ガチャリ。
外側からドアが開いた。
「……ん?」
ボヨーン。
……え?
タイゴの視界いっぱいに、豊かな胸元が飛び込んできた。
「あーー! 初めまして!」
明るい女の声。
タイゴは胸元から、ゆっくりと視線を上げていく。
丸く大きな瞳。猫耳のようなヘッドフォン。
そして——。
ボヨヨーン……。
やはり目を引く、豊かな胸元。
「君が新しくアンチャーになった人かな??」

「おお、ちょうど良かったルナ」
背後からカガリが近づいてくる。
「紹介しよう。彼女は“知識欲”のアンチャーズ——ルナだ!」
「電脳寺《でんのうじ》ルナだよ! よろしくね!」
「そしてルナ、こいつが——」
「タイゴです!」
カガリの言葉を遮るように、タイゴが名乗った。
「……ん?」
次の瞬間——。
スッ。
タイゴはルナの前へ跪き、その手を取った。
「天神タイゴといいます」
「よろしくお願いします。ルナさん!」
「え? あ、うん……?」
タイゴはすぐに立ち上がり、カガリへ向き直る。
「よし、ジジイ」
「?」
「さっきの“素晴らしい話”の続きをしようか?」
「君さっき、“妄想話”とか言っていたよね?」
「????」
ルナだけが訳も分からず首を傾げていた。
◆
「コホン」
カガリが咳払いする。
「ルナはここで、怪獣やヨークの解析、研究を担当している」
「よろしくね!」
「ほう……なるほど!!」
タイゴは真剣な顔で頷く。
視線は完全にルナへ釘づけだった。
「さっそくだけどタイゴくん!」
「はい!」
「君のヨークを解析してもいいかな?」
「解析?」
「ヨークにはね、それぞれ独自の“周波”があるの」
「周波?」
「うん!君はヨークを視た時、何か感じなかった?」
「あっ...それって……なんかモヤモヤしたやつですか?なんか“変な感じ”がしました!」
「そう!」
ルナが嬉しそうに人差し指を立てる。
「その違和感は、タイゴくんが“ヨークの周波”を感じ取ったからなんだよ!」
「ほーう」
「それでね、人間の欲望にも色々あるでしょ?」
「食欲、性欲、睡眠欲……それと同じで——ヨークにも種類があるんだ」
「アンチャーは、その人が最も強く求める欲望のヨークだけを発生させるの!」
「それを調べれば、タイゴくんが“何のヨーク”に目覚めたのか分かるんだ!」
「なるほど……?」
「それにヨークの種類は、その人にいずれ発現する“異能”にも関係してくるんだよ!」
「異能?」
「そう、簡単に言えば、その人だけが持つ特殊な力だよ!」
「ふーん……」
タイゴは神妙な顔で頷く。
ただし——。
ポヨヨーン……。
視線はルナの胸元へ向いていた。
「よし、じゃあ解析室に移動しよっか!」
「はいっ!!」
◆
——解析室。
まず始まったのは、簡単なカウンセリングだった。
ルナが端末を手にタイゴの正面へ座り、少し離れた場所ではカガリが腕を組んでいる。
「じゃあまず簡単な質問をしていくから、答えてね」
「はい!」
「ヨーク怪獣が視えるようになったのはいつからかな?」
「今日が初めてです」
「えっ?」
ルナが目を丸くする。
「それまで何か視えたり、嫌なものを感じたりしたことはなかった?」
「ないかなー?」
「……珍しいな」
カガリが呟く。
「なんで?」
「普通はね、覚醒には前触れがあるの...」
ルナが答えた。
「覚醒する可能性がある人は、”それ以前から怪獣が視えること”が多いんだよ」
「そうなんですか?」
「うん」
ルナは端末へ何かを書き込む。
「お父さんやお母さん、親戚とか——何か異質なものが視えていた人はいないかな?」
「あるいは、そういう話を聞いたこととか」
「んー……分かんないっすね」
タイゴは少し視線を落とした。
「それに……昔のことは、あんまり思い出したくないし……」
「過去になにか辛いことがあったの?」
「…………」
タイゴが黙り込む。
一瞬だけ、それまでの軽い空気が消えた。
「あっ、ごめんね?」
ルナがすぐに声を柔らかくする。
「思い出したくないことは、無理に答えなくてもいいよ!」
「…………」
タイゴは答えなかった。
ルナもそれ以上は聞かず、少し間を置いて端末へ目を戻した。
「じゃあ最後!」
「最初に身体に異変があった時、塩分を求めたと思うんだけど」
「その直前は、どんな状況だった?」
「えーっと……数日なんも食ってなくて……」
タイゴは記憶を辿る。
「色んなことに疲れたから、全部めんどくせぇと思って寝てたんですよ」
「ふむふむ」
まぁ、本当は死のうと思ってたんだけど……
それだけは口にしなかった。
「それで確か……」
「起きたら身体が痺れてきて、猛烈な塩分欲が湧いてきたんだっけか?」
「まぁ……塩分欲は今もですけど」
「んーー……」
ルナが考え込む。
「ルナ……覚醒の前触れがないのは珍しいが——」
カガリが口を挟んだ。
「単にこいつが、それまで怪獣の存在に気づいてなかっただけではないのか?」
「鈍感そうだし...」
「あ?」
「なら、カウンセリングはここまで!」
タイゴが言い返すより早く、ルナが立ち上がった。
「それじゃ実際に、君が何のヨークを持っているのか調べてみようね!」
「はい!ぜひっ!」
タイゴがキリッと姿勢を正す。
こいつ……
ルナが来てから、あからさまに態度を変えよって……
タイゴの視線は、またルナの胸元へ向いている。
まぁ、この反応から察するに……
“性欲”のヨークで間違いないだろうな……
◆
解析室の奥には、人一人がすっぽり収まるほどの大型スキャニング装置が設置されていた。
タイゴは特殊なパンツだけを身につけ、上半身裸のまま装置へ横たわる。

ウィィィン……。
装置が閉じ、センサーが全身を走査していく。別室のモニターに身体内部のデータが映し出された。
「心臓の変形を確認……やはり覚醒していますね」
画面に映るタイゴの心臓は、通常の人間とは明らかに異なる——まるで、勾玉のような形だった。

「ただ……」
ルナの目が、別の数値で止まる。
「全身の組織密度が異常に高い……」
「こんな筋肉量だと、数日絶食しただけでも致命的ですよ……」
装置の中のタイゴを見る。
「それにしても、すごい筋肉……全身がバネみたい」
ルナの表情が、ふと真剣になる。
「この体質……」
「……“ローズ”さんに似てる……?」
「ルナ」
カガリが制する。
「それより今はヨークの解析だ」
「あっ、はい....!」
◆
「……なんか冷てぇな」
今度は特殊な椅子へ座らされ、タイゴの頭部、胸部、腕へ電子機器が取り付けられていく。
「少し我慢してね」
「はーい」
ピピピピ……。
「……検出開始」
タイゴから発せられるヨークが、波形となってモニターへ映し出される。
一定の間隔で刻まれる波。
ルナがその波形を見つめていた——その時。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
『警告。測定したヨーク周波に、該当するデータがありません』
「え??」
「どうしたんだ?」
「システムが、該当するデータがないと判定しています!」
「なんだと!?」
直後——。
『警告。二つのヨーク周波を検出』
「……は?」
『同一個体からの二波を確認』
『“複合獣”の可能性があります』
『厳戒態勢へ移行しますか?』
「複合獣!?」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
モニターには、二つの異なる波が重なって流れていた。

そして——。
『解析不能』
モニターいっぱいに、その文字が表示された。
「!?」
ルナとカガリが同時に息を呑む。
「なに!? 解析不能だと!?」
「司令! どうしますか!?」
「中止させろ!」
「はい!」
ピピピッ——。
『解析を中断します』
波形が途切れ、システムが強制終了した。
「…………なにが起こってるの?」
ババッ!
ルナはすぐに観測データを呼び戻した。
データには明らかに二つの重なった周波が確認された。
「ありえない……アンチャーから二つの周波なんて……!」
一方の波形を指差す。
「こっちは“睡眠欲”に近い……」
「睡眠欲だと!?」
「でも、完全には一致していません!」
「そして、もう一つは……」
ルナの指が止まる。
「既存のどのヨークとも一致しない……」
「今まで一度も観測されたことのない周波です……!」
「…………」
驚きに満ちていたルナの瞳が、徐々に研究者としての好奇心へ変わっていく。
「すごい……」
「一体……なんのヨークなの……?」
「まさか……」
背後で、カガリが低く呟いた。
何かに思い当たったように目が鋭くなり、額に一筋の汗が流れる。
「おーい」
椅子の上から、タイゴが二人を見る。
「俺、なんか変なのか?」
「…………」
カガリは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……まぁな」
「……?」
タイゴだけが、何も分からないまま首を傾げていた。
◆
解析終了後——。
「すごーーい!!」
Tシャツへ袖を通していたタイゴのもとへ、ルナが勢いよく駆け寄った。
「!!??」
「こんな結果、今までで君が初めてだよ!!」
そのまま両手を握る。
「??」
「未知のヨークだよ!」
ルナはさらに顔を近づける。
「君のこと、もっと知りたくなったなぁ!」
「もっと調べてもいい?」
「えーー!!」
タイゴの顔が、みるみる赤くなる。
「なんかよくわかんねぇーけど……」
キリッ。
「すごいことなんすね!」
「うん!」
その少し後ろ——。
カガリだけは笑っていなかった。
モニターに残る文字。
【解析不能】
その文字を、険しい表情で見つめていた。
◆
解析を終え、三人はミーティングルームへ向かった。
「え?」
「他の連中には黙っていてほしい?」
タイゴは椅子にもたれかかった。
「そうだ」
カガリが頷く。
「解析不能のアンチャーなど、機関設立以来、前例がない」
「公にすれば混乱を招く可能性がある」
「うんうん!」
ルナも頷く。
「あくまで一時的にだよ!」
「しばらくはワシらだけの秘密だ!」
「表向きは……とりあえず“性欲”のヨークだったことにしてくれ」
「はぁ?性欲??」
「ねぇ、お願い♡」
ルナがタイゴの顔を覗き込む。
「…………」
タイゴの視線が、一瞬だけ下へ落ちる。
「まぁ……なんでもいいけどよ」
(巨乳からのお願いでもあるしな...)
カガリは一度、息を吐いた。
「どのみち、お前にヨーク反応があることは間違いない」
表情が変わる。
「それが分かったところで、お前に重要なことを伝えなければならない」
「重要なこと?」
「我々アンチャーが戦う"もう一つの理由"だ」
「………?」
「ヨークというのはな、定期的に、発散しなければ、いずれ内側から“暴走”する」
「暴走?」
「塩を摂取しても、ヨークの中和は一時的なものだ」
(それに、過剰な塩分摂取は体にもよくないしな……)
「"ヨークを発散する"。その最も有効な方法の一つが怪獣と戦うことでもあるのだ」
「ちょっと待て」
タイゴが身体を起こす。
「暴走すると……どうなるんだよ?」
「それは……」
ルナが口を開きかける。
「ルナ!」
「……!」
「今はまだ言わなくていい」
「…………??」
タイゴが二人を見比べる。
しかし、カガリはそれ以上答えなかった。
ピッ。
カガリは置かれていた電子ボードを作動する。そこには心臓や人体、ヨークを模式化した図が映し出された。
「今のお前は、アンチャーについてこれだけを理解しておけ」

電子ボードへ、項目が表示されていく。
①覚醒した者は、心臓が変形する。
②変形した心臓によって、ヨークを制御できるようになる。
③身体がヨークへ適応すると、いずれ“異能”が発現する。
④塩には、一時的にヨークを中和する効果がある。
⑤怪獣の核を破壊できるのは、ヨークのみ。
⑥ヨークの暴走を防ぐため、定期的な発散が必要。
「多いな……」
タイゴは早くも覚える気を失ったような顔をする。
「それと余談だが——なぜか怪獣は、ヨークを扱う人間に強く反応する」
「普通の人間より、アンチャーを優先して襲う傾向があるのだ」
「……最悪じゃねぇか」
「まぁ、我々もヨークを発散しなければならんからな。それは都合がいい」
「いや、よくねぇだろ……!!」
少し間を置き——。
「……なら俺は、一生怪獣と戦わなきゃいけねぇのかよ?」
「そんなことはない」
カガリは自分の拳を見る。
「老化が進めばヨークも薄れ、最後には普通の人間へ戻っていく」
「ワシも……そうなりつつある」
「司令は元々、凄いアンチャーズだったんだよ!」
「そうなのか……?」
「…………」
カガリは何も答えなかった。
◆
「話を色々と進めてはしまったが——」
カガリは改めてタイゴへ向き直る。
「どのみちY.I.Lとしては、お前の暴走を防がねばならん」
カガリが二本の指を立てる。
「だから、お前には二つの選択肢がある」
「我々の機関に所属するか——」
「あるいは、我々の監視下で生活するかだ」
「…………!」
タイゴの顔が引きつる。
「戦うか、監視されるかって……強制かよ?」
「これは決定事項だ」
「横暴すぎんだろ……」
「ただ——できれば自主的に決めてほしい」
カガリが真っ直ぐタイゴを見る。
「改めて——我々と共に戦ってくれないか?」
「…………」
タイゴは答えない。
ルナも黙って、その横顔を見つめる。
シーーン……。
沈黙が続く。
「タイゴ……」
やがてカガリが口を開く。
「今の"お前だからこそできること”があるんじゃないか?」
「…………!」
「タイゴくん……お願い…」
ルナは少しだけタイゴへ胸元を寄せる。
「…………」
じわぁ……。
タイゴの口元が、分かりやすいほど緩んでいく。
「いやぁ〜……」
「ルナさんに言われたら……しょうがないなぁ〜」
照れ臭そうに頭を掻く。
「…………」
カガリは呆れた様子で見つめていた。
タイゴは少しだけ間を置き、二人から視線を逸らす。
「まぁ……あんま気乗りはしねぇけど」
「断ったら監視されんだろ?」
「それじゃ結局、俺の生活もめんどくさくなりそうだしな……」
そして——。
「……やるよ」
「!」
ルナの顔が明るくなる。
カガリも静かに笑った。
まぁ……
チラッ。
タイゴの視線が、ルナの豊かな胸元へ向かう。
実際、巨乳のためだけどな

◆
「よし!」
カガリが立ち上がる。
「ルナ、“アレ”を渡してやれ」
「了解です!」
ルナが一つのケースを取り出した。
パカッ。

「これは私が開発した——“アンチャーグローブ”!」
「アンチャーズの初期装備だよ!」
「初期装備?」
タイゴは手に取り、裏返したり回したりしながら眺める。
「これをつければ、まだヨークを上手く制御できないタイゴくんでも、グローブへヨークを充填できるんだよ!」
「ふーん……」
「それは、対怪獣戦闘用の武器だ。常に身につけておけ」
タイゴはグローブを装着し、拳を握る。
「それと!」
ルナが人差し指を立てた。
「最初の討伐任務までに“ヒーローネーム”も決めておいてね!」
「は?」
「ヒーローネーム……?」
「うん! 私たちの存在は一般人には秘密だから、外では基本的にヒーローネームを名乗るの!」
「それと戦闘中は、素顔を隠すマスクもつけてね!」
「マスク!?」
「今だったらガスマスクはあるよ?」
どこからかガスマスクを取り出すルナ。
「なんでそんなものが……」
「あとこれも活動をサポートする道具でね——」
「まだあんの!?」
「これは通信で——」
「待って待って!」
「あとこれは——」
「そんないっぺんに……!」
次々と説明するルナ。
処理しきれず慌てふためくタイゴを、カガリは少しだけ笑って見ていた。
◆
一通りの説明が終わりタイゴが帰宅する頃——。
「あっ、ジジイ」
ミーティングルームを出ようとしたタイゴが振り返る。
「なんだ?」
「就職祝いに5000ZEN貸してくれよ」
「は?」
「ラーメンの具材買うから」
「あとそれに電気代も含まれている」
「お前……図々しいやつだな……」
カガリの額から汗が流れた。
液状になったナメトンを入れた袋を手に、タイゴはミーティングルームを出た。

「さて……」
目の前には、どこまでも続きそうな長い廊下。
右を見る。左を見る。
「…………」
「って……」
「俺ここから、どうやって帰んだよ?」
◆
その後——。
なんとか自宅へ帰り着いたタイゴは、台所に立っていた。
目の前には鍋。その中には、持ち帰ったナメトンのスープ。
カチッ。
ガスコンロに火をつける。
ゴォォ……。
しばらく待ち、指先でスープへ触れる。
「んー……」
さらに待って、もう一度。
「…………変わらんな」
「コンロじゃ全然温まらねぇ……」
「どういう原理だこれ?」
「…………」
「……もうこのままでいいか」
タイゴは麺と具材を加えた。
◆
——同時刻、Y.I.L研究室。
ルナは、小さなヨーク集積カプセルを手にしていた。中では、タイゴから採取した黒いヨークが揺らめいている。
「このヨーク……」
「どの種類にも属さない上に、周波が二つもあるということは……」
「実質、“すべてのヨークに対抗できる”ということでしょうか?」
「ああ」
背後からカガリが答える。
「同一個体から二つの周波——これまでそんなものを確認できたのは“複合獣”だけだ」
「それが一人のアンチャーから発せられているとするならば、かなり貴重な存在だ」
カガリの表情が険しくなる。
「このヨークが公になれば——タイゴは確実に“狙われる”」
「…………」
ルナが小さく息を呑む。
「しかし司令……言わなくて良かったのですか?」
「……何をだ?」
「私たちアンチャーは——」
ルナの表情が曇る。
「ヨークを溜めすぎると暴走して、“怪人化”してしまうことを……」
「…………」
「今はまだいい」
「ヨークの性質が分からん以上、余計な刺激は与えたくない」
「それに、グローブを身につけていれば、そう簡単に暴走はせん」
「……はい」
「しばらくタイゴには“観測班”をつける」
「お前の姉——"セナ"には事情を伝えておけ」
「分かりました」
カガリはカプセルの中で揺れる黒いヨークを見つめる。
「"前例のないヨーク"……か」
「とにかく今は情報が欲しい。ルナお前はタイゴの身辺を調べてくれ」
「それと——"警怪レベルⅠ"の怪獣が出現次第、タイゴを戦闘へ出すことも、セナに伝えておくのだ!」
「はい」
カガリは静かに目を細めた。
「ヨークに支配されるか——」
「それとも、制御するか……」
「すべては——あいつ次第だ」
◆
——その頃。
そんな話がされていることなど知る由もなく、タイゴは自宅でナメトンラーメンをすすっていた。
ズズッ……。
「なんだこれ……」
「めっちゃ美味ぇ……!!!!」
夢中になって麺をすすり続けるタイゴ。
しかし、その身体には——既存のどの欲望にも属さない“未知のヨーク”が眠っていた。
その正体は、まだ誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは——。
本日タイゴは“ヒーロー”に就職した。
——続く。


話にのめり込んでしまいました。
挿絵もいい感じに活字に疲れてきた辺りにあるし、これからどうなるのか続きが楽しみです。
未知のヨークとは何なのか気になりました。