第8話 ナメトン狩りと不穏な因縁
プー!プー!プー!!!
部屋に響く呼び出し音。
横になっていたタイゴは、気だるげにアンチャーウォッチへ手を伸ばした。
「テングマン!シブヤ町に"承認欲”の怪獣インフルエンザーが出現したわ!街の人々の様子が次々におかしく──」
ピッ。
タイゴは無言で通信を切った。
そのまま寝直そうとしたところで——。
プー!プー!プー!!!
「ナカス町に"性欲"の怪獣ムラムラネオンが出現したわ!誘惑された人々が──」
ピッ。
再び、通信を切る。
タイゴが腕を投げ出すと、間を置かずに三度目の呼び出し音が鳴った。
プー!プー!プー!!!
「いいかげんにしなさい!テングマン!ハカタ町に怪獣ナメトンが出現したわよ!」
ガバッ!
それまで寝転がっていたタイゴが、勢いよく身を起こした。
「よし!行くか!」
♦
——ハカタ町。
「おらぁああ!!」
「ピギャァアア!!」

——ドガァンッ!!
タイゴの一撃が、ナメトンを粉砕した。
砕け散った残骸が地面へ落ちると、アンチャーウォッチから軽快な通知音が響く。
ピピピッ!
画面に表示されたのは——。
報酬:¥10,000ZEN
「よし!!」
タイゴは満足げに拳を握った。
そして、別日——。
「怪獣ナメトンが出現したわ!」
今度もタイゴは即座に飛び出した。
ナメトンを見つけるなり叩き潰し、報酬の通知を確認する。
¥10,000ZEN。
また別日——。
「怪獣ナメトンが──」
「うぉりゃあ!!」
——ドガンッ!!
¥10,000ZEN。
さらに、別日——。
「怪獣ナメトン……」
出現。討伐。報酬。
来る日も来る日も、タイゴが狩るのはナメトンばかりだった。
♦
——Y.I.L司令室。
ガチャ——。
扉が開き、カガリが姿を現した。
セナは手元の作業を止め、入口へ振り向く。
「あっ、司令。守護任務から帰られたんですね!お疲れ様でした」
「うむ。」
カガリは頷くと、司令室の中へ歩みを進めた。
「どうだ?ここ数週間の怪獣の出現報告は……」
「はい、全国で、報告例は28件。いずれも警戒レベルIの怪獣達でした。」
セナが差し出した報告資料を受け取り、カガリは目を通した。
並んだ報告を追ううちに、その眉間へシワが寄る。

「ふむ。28件か……。年々怪獣の出現率が増えてきておるな……」
「はい……対応できるアンチャーズの数は限られていますが、怪獣は各地で次々と発生しています」
セナの声にも、疲れが滲んでいた。
「観測班にはより一層、ヨークが蔓延する地域に"中和器"の射出を徹底することを呼びかけるのだ。ヨークが結晶化してからでは遅いからな」
「了解です。」
カガリは資料へ視線を戻した。
やがて、討伐記録の一か所で目を止める。
「さて、1番討伐しているのは……おお!“ミラ”か!流石だな!!」
「はい!今ではもうすっかり戦闘班のエースです!」
「ふっ……頑張り屋だからなミラは」
口元を緩めたカガリは、資料をめくりながら尋ねた。
「——ところでタイゴはどんな感じだ?」
「それが……」
セナの表情が、曇った。
♦
——タイゴの部屋。
ズルズル……。
タイゴはちゃぶ台の前で、ラーメンをすすっていた。
湯気の立つ丼を抱え、箸で麺を持ち上げる。
ピピピ……。
アンチャーウォッチが鳴った。
画面に表示された着信名は——『老害』。
「ん?電話か……」
ピッ。
何気なくアンチャーウォッチに触れると、カガリのホログラムが浮かび上がった。
「こらぁーー!!タイゴ!!お前最近ナメトンしか倒してないだろう!!!」
いきなりの怒鳴り声にも、タイゴは箸を止めるだけだった。
「なんだ、"カガトン"か……」
ぼそりと漏らした言葉に、カガリの眉が跳ね上がる。
「誰がカガトンじゃ!!お前はなぜ同じ怪獣ばかりしか倒さんのだ!!」
「ん?なんか問題あんのか?」
「その逆じゃ!!ハカタ町の住人達がラーメン以外のグルメでも均等に盛り上がっておる!!」
ナメトンが次々と討伐される一方、ハカタ町の人々はラーメンの欲に縛られることなく、様々な店が賑わいを見せており、明太子にもつ鍋、ゴマサバなど食卓を囲む人々からは、喜びの声が上がっているらしい。
【明太子ももつ鍋もゴマサバも美味しかねぇ!】
※観測班による調査記録。
そんな町の変化を聞いても、タイゴの顔は変わらなかった。
「なんだ、いいことじゃねぇか。ハカタ町はラーメンにしか脳がない奴らばっかだからな……」
言いながら、再び麺を持ち上げる。
(まぁ、俺も好きだけど)
小さく付け足すと、そのまま口へ運んだ。
「そういうことじゃない!同じ怪獣ばかり倒してもお前の成長につながらんだろう!」
「お腹は常に成長してるよ!ホレ」
ナメトンラーメンを平らげたタイゴは、満足そうに、自分の腹をポンポンと叩く。
カガリのこめかみに、一筋の汗が伝った。
「あっ!そういえばさ、俺のヨークの情報が欲しいって言ってたよな?」
「……なんだ?」
唐突に話を変えたタイゴへ、カガリが眉をひそめる。
「見て驚け!大発見!」
「電子レンジずっと触ってたらよ、なんか変形してさ!」
得意げに何かを見せようとするタイゴ。
「ほれ!」
そこにあったのは、怪獣のような見た目に変わり果てた電子レンジだった。

「これ使ったら、ナメトンがスープになるんだぜ!!すごくね?」
「名付けて、電子レンジX!!」
「………」
カガリは黙ったまま、額に青筋を浮かべた。
そんなことも気づかず、タイゴは台所に向かう。
「ほれほれ、まだまだこんなにある」
タイゴが示した先には、山のように積まれたナメトンの残骸があった。
台所を埋めるそれらを眺め、タイゴはさらに呟く。
「ラーメン食い放題だぜ?」
「いいかげんにしろッ!!!」
ホログラム越しの怒号が、狭い部屋に響き渡った。
「むやみに能力を使うんじゃない!!」
「……んだよ、せっかく情報提供してやったのに……」
タイゴは不満げに口を尖らせた。
カガリは構わず、言葉を続ける。
「全くお前というやつは!今日は性根を叩き直してやる!今すぐ研究所に来い!!」
さらに、台所にあるナメトンの残骸へ厳しい視線を向けた。
「あと、その残骸は早く処理をせんか!!」
「おぉ……こわっ、カガトン」
ピッ。
カガリの姿が消え、部屋は静かになった。
「まぁ、確かに少し狩りすぎたか……」
ため息交じりに、台所を見る。
改めて眺めても、ナメトンの残骸は山積みだった。

「やれやれ、全く行く気にはならんが……ルナさんとの約束もあるし、ちょっくら研究所に行きますか」
……!
そこで何かに気づき、押入れへと向かい、中を物色し始める。
「そういや、ルナさん“思い入れのあるもの”持って来てって言ってたよな?」
引き出しの奥を探っていた手が、止まった。
取り出したのは、使い古されてボロボロになったタクティカルグローブだった。
タイゴはしばらく、それを手の中で眺めた。
擦り切れた表面を指でなぞると、昔の光景が頭をよぎる。
高校時代、喧嘩に明け暮れていた頃。
振り上げた拳には、いつもこのグローブがあった。
「昔はこいつで……やんちゃしたもんだぜ」
懐かしそうに呟き、タイゴはグローブを握った。
♦
照りつける日差しの下、タイゴは自転車をこいでいた。
着ているのは、ヨレヨレのTシャツ。
タイゴお気に入りのTシャツブランド『BUSHI BOYシリーズ』の一着だ。

足元の下駄でペダルを踏みながら、気だるげに息を吐いた。
「あー、だりぃ。世間はまだまだ暑いですなー」
街の巨大ビジョンから、アナウンサーの声が流れてくる。
「以上、国民的アイドル・"星影ミラ"さんのインタビューでした」
画面が切り替わった。
「続きまして、配信上に突如として現れるも、その映像は次々と削除され、噂だけが飛び交う"謎の配信者の特集"です……!」
タイゴの自転車は、その下を通り過ぎていった。
♦
やがてタイゴは、一基の街灯の前で自転車を止めた。
下駄を地面につけ、自転車を脇へ置く。
それから——
『転送先同期完了……研究所前……転送を開始しますか?戒律により、意識許可を求めます。』
「へいへい、ささっとやってくれ」
『把握。それでは実行します』
タイゴの体を、青白い光が包んでいく。
『戒融術 電磁転送』
光が強まり、その輪郭がかき消された。
♦
——Y.I.L研究所近くの森。
木々に囲まれた街灯の下で、青白い光が弾けた。
その中から現れたタイゴが、よろめきながら地面を踏む。
「おっとと!!ん??どこだここ?」
見回しても、研究所らしい建物は見当たらない。
目の前には、あまり整備されていない森の道が続いていた。

「こんな場所にあるのか?研究所……」
タイゴは首を傾げながら歩き出した。
道の先をうかがい、木々の向こうへ目を凝らす。けれど、いくら進んでも、見えるのは森ばかりだった。
しばらく進むと、木々に囲まれた小さな広場に行き着き、道はそこで途切れていた。
「迷った……」
足を止め、周囲を見渡す。
その時——。
「!」
視界の端に、小さな人影のようなものが映った。
それは、お地蔵さんだった。
森の中にぽつんと置かれたその姿は、どこか不気味で、妙に浮いて見えた。
【"お地蔵さん"が目印だよ!】
ルナの声が、頭の中によみがえる。
「ルナさん、目印に地蔵があるって言ってたよな?この近くなのか?」
タイゴが地蔵へ近づこうとした、その背後で——。
「……なんだ、貴様は?」
低い声が響いた。
「!!」
タイゴは振り返った。
いつからそこにいたのか、軍服姿の人物がこちらを見据えている。
「ん?誰だお前?」
「こちらの台詞だ。部外者がこの森に入るとは……ここは立ち入り禁止の森だ。今すぐここから出ていけ」
相手は冷たく言い放った。
タイゴは眉を寄せると、自分の胸を示した。
「あぁ部外者?俺はカガリのジジイに呼ばれて来たんだよ。俺はアンチャーズだ」
胸を張るタイゴ。
そのヨレヨレのTシャツには、『社会不適合』の文字。
「“アンチャーズ”……??」
相手の目が、細くなった。
「何故、貴様がその情報を知っている?」
スッ——。
相手は片目につけていた眼帯に指をかけ、少しずらした。
その下からのぞく片目に、不気味な光が宿る。

——ピタッ。
タイゴの体が止まった。
なんだ……体が動かねぇ……!
腕を動かそうとしても、足を踏み出そうとしても、体が応えない。
相手を見たままの姿勢で、指先すら動かせなかった。
相手の背後に、うっすらとヨークが漂う。
「貴様の名前、ここにいる目的、カガリ司令との関係を全て答えろ」
「お……俺の名前はタイ……ゴ……」
口が、勝手に動く。
タイゴは歯を食いしばろうとした。
「目てき……は……く……い……言わ……ねぇよ!クソ野郎!!」
——ブワッ!!
タイゴの体から、黒いヨークが溢れ出した。
縛られていた腕が動き、下駄が地面を踏みしめる。
相手が目を見開いた。
こいつ……!!“私の命令”を破っただと……?
「てめぇは会って早々喧嘩売りやがって……上等だよ!!」
タイゴは拳を握り、地面を蹴った。
相手も即座に身構え、踏み込んでくるタイゴを迎え撃つ。
互いの拳が振り出された、その瞬間——。
ドォン!!
二人の間へ、大きな影が割って入った。
二人の拳は、相手へ届く寸前で止まっている。
それぞれを片手で受け止めていたのは、カガリだった。
「まったく、何をやっとるかお前たちは……」
「あっ、ジジイ!」
「司令……!」
カガリは二人を引き離すと、軍服姿の人物へ顔を向けた。
「リオン、久しぶりだな。“未詳班”のお前が何故ここにいる?」
リオンは拳を下ろし、カガリに向き直った。
——Y.I.Lヒノモト本局。
特異対策部、未詳班のアンチャーズ。
王月リオン。

「……今日は、司令にお話がありまして」
「……任務か?」
「はい。」
「……」
カガリは黙って、リオンの顔を見た。
わずかな沈黙の後、リオンがタイゴへ視線を移す。
「それより司令……誰ですか?こいつは」
「……ああ、紹介しよう。“怪獣対策部”の新しいアンチャーズとなった天神タイゴだ。まぁ……仲良くしてやってくれ」
リオンは、改めてタイゴを見た。
なるほど、こいつが報告にあった、初任務で上位個体を倒したというアンチャーズか……
その視線の先で、タイゴは鼻息を荒くしていた。
「クソ野郎!一発殴らせろ!!」
カガリの腕を押しのけようと、なおも前へ出ようとする。
「落ち着け、タイゴ。リオンはお前より上の立場の人間だ。言葉には気をつけろ」
カガリはタイゴを押さえたまま、言い聞かせた。
「立場とか関係ねぇ!!こんな奴と仲良くできるか!」
タイゴはリオンへ指をさす。
「同意だ。次はその"薄汚い格好"でこの施設をうろつくな」
リオンは表情を崩さず、冷たく返す。
「こんにゃろ!!」
再び、タイゴが飛びかかろうとする。
ガシッ!!
その体を、カガリが止めた。
腕の中で暴れるタイゴを押し留めながら、リオンへ声をかける。
「リオン、すまんが今日は立て込んでてな、少し待たせるが大丈夫か?」
「大丈夫です。待機室は使わせていただきます。では後ほど。」
リオンは背を向け、歩き出した。
「あっ!!まて逃げんな!“目つき悪男”!!」
追いかけようとしたタイゴを、カガリが再び掴む。
ガシッ!!
「はぁ……なぜこうもアンチャーズは問題児ばかりなのだ……」
深いため息が漏れた。
タイゴはリオンの背中を睨みつけたまま、吐き捨てる。
「ったく。なんなんだあいつは!!」
「前に話した、“未詳班”のアンチャーズだ」
「あいつがか?」
遠ざかる背中へ、タイゴが目を向ける。
リオンは一度も振り返らなかった。
「けっ……いけすかねぇ野郎だぜ」
「……」
カガリは何も言わず、その場に立っていた。
やがてタイゴは、思い出したように周囲を見回した。
「てかよ、ジジイ。研究所が見当たらねぇんだけど、どこにあんだよ?」
「あぁ、そうか自分で来るのは初めてだったか」
カガリは、傍らの地蔵へ歩み寄った。
ヨークウォッチをつけた手で、その頭に触れる。
「ID認識…」
地蔵から声が響いた。
ウィーーン。
次の瞬間、目の前の木々の中に扉が現れ、開いた。
「げっ!!なんだこりゃ!!」
タイゴは目の前の光景に、思わず声を上げた。
開いた扉の向こうに、研究所の内部が。
そこに見えていた森そのものが、施設を隠していたのだ。
「Y.I.Lの研究施設はあらゆる外敵から守る為、こうやってカムフラージュしておるのだ」
「これも、異能なのか?」
「そうだ」
「すげぇ……!!」
タイゴはしばらく、その場に立ち尽くし、研究所の入り口に見入っていた。
それからカガリに続き、入口へ足を向ける。
その時——。
「二”ャーーー!!」
突然、入り口の奥から猫型のロボットが飛び出してきた。

「おわっ!なんだこいつ!?」
タイゴが足を止める。
猫型ロボットはその前へ陣取ると、機械音を響かせた。
ヴィーーー!
タイゴの体を、走査の光がなぞっていく。
「生体登録確認……異常ナシニャ。登録以外ノ電子機器反応ナシニャ!!」
確認を終えた猫型ロボットが、声を張り上げた。
「二”ャーーー!!」
そのまま勢いよく走り出し、あっという間に姿を消してしまった。
「なんなんだよ?あいつ!」
タイゴは、ロボットが走り去った先を指差した。
カガリは平然と答える。
「ルナが開発したY.I.Lのセキュリティロボットだ。可愛いだろう?」
♦
研究所の廊下に、足音が響いていた。
「……」
一人歩いていたリオンが、ふと足を止める。
先ほどの光景が、脳裏をよぎった。
動きを止め、命令に従わせたはずの体。
それを振りほどくように溢れ出した、黒いヨーク。
リオンはゆっくりと、背後を振り返った。
「初見で私の命令を破るとは……何者だあいつは……!」
誰もいない廊下へ、低い声が落ちた。
——続く

