第7話 情熱と俺
シャリ……。
「うん、二日経ってもまだ、美味い」
古びたちゃぶ台の前。
タイゴは、以前の戦闘から持ち帰ったスイカーンの残骸を皿に並べ、その一つを手に取ってかじっていた。
スイカーン討伐から二日が経っている。
それでも瑞々しさは残っているらしく、タイゴは満足そうに咀嚼する。
その時——。
ピンポーン。
「ん?」
呼び鈴の音に、タイゴが玄関へ顔を向けた。
食べかけのスイカーンを皿へ戻し、面倒そうに立ち上がると、そのまま玄関へ向かった。
ガチャ。
「誰だ?」
ドアを開ける。
その先に立っていたのは——サングラスをかけ、堂々と胸を張るカガリだった。
「久しぶりだな!タイゴ」
「なんだ、ジジイかよ……」
♦︎
——タイゴの部屋。
古びたちゃぶ台を挟み、タイゴとカガリが向かい合う。

築年数を感じさせる壁。
部屋の隅には生活用品やら荷物やらが雑然と置かれ、決して片付いているとは言い難い。
「てか、よく住んでる場所分かったな?」
タイゴは何気なく口にすると、続けて小さくぼやいた。
(住所、教えてねぇのに……)
「ふっ、Y.I.Lの情報力をあなどるでないぞ」
カガリはどこか得意げに鼻を鳴らす。
「しかし、随分年期の入ったアパートだな……」
カガリは天井から壁、そして散らかった部屋の中へと目を移していく。
「前の職場の寮なんだよ、ここ《部屋》」
「俺の前に5〜6人ぐらい住み変わったらしいぞ」
「なんで、前の職場の寮に住んでおるのだ、お前は……」
カガリは呆れた声で呟いた。額から一筋、汗が垂れる。
「それより、少しは片付けたらどうなんだ?」
「これでも、ちょっとは片付けたんだよ」
「なんだよ?もしかして、説教しに来たのか?」
タイゴが面倒そうに眉を寄せる。
「………いや」
カガリは少しだけ間を置くと、持参していた茶菓子を取り出した。
先ほどまでとは違い、その表情がわずかに引き締まる。
「今回の一件《討伐任務》……すまなかったな、タイゴ。こちらの見立てが甘く、結果としてお前の力量に見合わぬ任務へ送り出してしまった」
「お前を現場へ出すと決めた以上、その責任はワシにある」
そう言って、カガリは茶菓子をタイゴへ差し出した。
だがタイゴは気にする様子もなく、手にしていたスイカーンをかじる。
「……別にいいよ、勝ったし」
「そうか」
コトッ……。
茶菓子をちゃぶ台の上に置く
「しかし、討伐の報告を聞いた時は驚いたぞ!」
カガリは改めてタイゴを見る。
新人のアンチャーズが初任務で上位個体を討伐した。その事実は、カガリにとっても予想外だった。
シャリ……。
タイゴは無言のままスイカーンを食べ続ける。
「でもなんだったんだ?通常よりも強いって……?」
「あぁ……。怪獣にはな、通常種と上位個体、さらに"複合種"というものが存在するのだが——」
カガリはちゃぶ台に肘を置き、説明を始めた。
「上位個体というのは、すでに通常種として分類・登録されている怪獣が、何らかの要因によって変異した個体のことだ」
「当然通常種の怪獣よりも強く、姿も似て異なることが多い」

「……ふーん」
タイゴは興味があるのかないのか分からない顔で、スイカーンを口へ運ぶ。
「新人のアンチャーズには荷が重い。本来であればベテランを要請する任務なのだが……」
「本当によく勝てたなお前……。初任務にしては上出来すぎるぞ!」
褒められた途端、タイゴの口元がわずかに上がった。
「ふっ、俺の強さに驚いたか?ジジイ」
得意げにスイカーンを頬張る。
…………。
しかし、カガリは笑わなかった。
そして、先ほどまでとは違う、探るような視線がタイゴへ向けられる。
「……お前の身のこなし、“ログ”で見てみたが」
「一朝一夕で出来る動きじゃない。“昔”、何かやっていたのか?」
ピタッ⸻。
スイカーンを口へ運ぼうとしていたタイゴの手が止まる。
ほんの一瞬。
だが、その変化をカガリは見逃さなかった。
「………まぁな」
♦︎
…………。
部屋の空気が、わずかに重くなる。
カガリはタイゴの様子をうかがいながら、静かに口を開いた。
「タイゴ、探るようで悪いが……少しお前の経歴を調べさせてもらった」
「………!」
タイゴの目が僅かに見開かれる。
「お前はハカタ町に来る前、“オキノ村”という場所にいただろう?」
「この町の施設に入る前、お前の身元引受人は、その村の女性になっていた」
「………」
タイゴは答えない。
「随分と辺鄙《へんぴ》な場所にいたんだな……」
「なぜ、ハカタ町に来たのだ?」
「……特に理由なんかねぇよ。あそこじゃ学ぶところがなかったからな」
「学校に行くためにこっちに来たんだ。そんな珍しいことでもねぇだろ」
タイゴは淡々と答える。
「そうか……」
カガリは一度、言葉を切った。
「だが——1つ"不自然なこと"があるのだ」
「オキノ村以前のお前について、辿れる記録が一つもないことだ」
ピクッ……。
タイゴの顔がわずかに引きつる。
「………」
「出生の記録も、それ以前の生活を示す記録もない……」
カガリの声音は穏やかなままだった。
だが、その目だけは真剣にタイゴを見つめている。
「これほど何も残っていないとなれば——」
「お前……」
「もしかして、“自治区”の出身なのか?」
「………」
タイゴは答えない。
ただ、手にしていたスイカーンを見つめたまま、僅かに視線を落とした。
「それとも——」
「言わねぇよ」
短い言葉が、カガリの言葉を遮った。

「人の過去を覗くのが趣味なのか?クソジジイ」
睨むようにカガリを見つめ、その声には普段の軽さがなかった。
「………言いたくないか?」
少しの沈黙。
「………あぁ」
「ワシは、お前の出生がお前の未知のヨークを紐解く鍵になると思ったのだがな」
タイゴの眉が、僅かに動く。
だが、何も聞き返そうとはしない。
「……詮索されたくなければ、これ以上この話はやめよう」
「ただ、これだけは分かってくれ。我らは国防を担う組織。一通りの身辺調査をするのも義務なのだ」
「だからって、人の過去をほじくんなよ」
タイゴは低い声で吐き捨てる。
「誰にでも……言いたくないことなんかあるだろ」
「………」
カガリはしばらく黙っていた。
「そうだな……。お前の逆鱗に触れたのならば謝ろう」
タイゴは返事をしない。
「だが、いずれは——お前の方から話してくれることを期待している」
「………」
タイゴは手元のスイカーンへ目を落とした。
シャリッ——。
返事の代わりに、そのままひと口かじる。
♦︎
重くなった空気を切り替えるように、カガリが姿勢を直した。
「ところで、話は変わるが……」
「今回の戦闘で晴れて異能が発現したな?」
タイゴが僅かに顔を上げる。
「異能……それってルナさんが前に俺にやったやつか?」
「そうだ」
そう答えながら、カガリもちゃっかりスイカーンを手に取る。
シャリ……。
「改めて、異能というのは、我々アンチャーに眠っている力のことだ。」
「ヨークが完全に適応したものは、その力に目覚め、知覚していく」
「そして、あらゆる"超常現象"を引き起こすのだ」
「超常現象……??なんか怪獣みたいだな」
タイゴが首を傾げる。
「うむ……。そもそも、怪獣の由来は”怪しき術を使う獣”から来ておる」
「ゆえに、怪獣が扱う異能は”怪術”《かいじゅつ》と呼ばれる」
「そしてヨークを扱う我々も、やがて異能が発現し、それを術として昇華していく……それも”戒術”《かいじゅつ》と呼ぶ」
シャリ……。
説明の途中だというのに、カガリは平然とスイカーンを口へ運ぶ。
「だが、我々の異能は怪獣達とは違い、“戒律”《かいりつ》というものがある。だから我々の異能は文字を変え戒術と書くのだ」

「かいじゅつ??よくわかんねぇけど、それってヨークと何が違うんだよ?」
「まぁ……例えるとするなら、ヨークを火薬だとしよう。その火薬を使って放たれる銃や爆弾の威力は凄まじくなるだろう?……そんな感じだ」
「……もっと、わかんねぇよ」
「まぁいい……話を続けるぞ」
カガリは軽く咳払いをする。
「今回のログで明らかになったのは、おそらくお前の能力は、物質を強化する力だろう」
「あー、そういえば、バットがなんか変形したような……」
——タイゴの脳裏に、以前の戦闘が蘇る。
手にしていた金属バット。
そこへ黒いヨークが集まり、形を変え、禍々しい武器へと変貌していった瞬間の記憶。
「そうだ。能力はアンチャーによって異なる。それがお前の力だ。」
「ん?異なる??」
タイゴの耳が、ピクッと動く。
「だから、これからより強くなる為には、お前はもっとその力を理解しなければならん!」
(特にお前に至ってはヨークの種類も分からんしな)
カガリがボソッと呟く。
「ふーん……ならさ、俺の物質を強化する力ってのもやっぱめずらしいのか?」
タイゴの表情に、明らかな期待が浮かぶ。
ドキドキ……。
何かとんでもない能力なのではないか——。
そんな期待を込めて、カガリの答えを待つ。
「単に物質を強化するものなら、そんなに珍しくはない」
「そもそも、アンチャーズは武器を持って戦うしな」
ズコッ!
タイゴがその場で転げた。
「なんだよ!期待させやがって!!」
「これからビームとか出せると思ったのに!!」
「なんだ、ビームって……」
カガリが呆れた顔を向ける。
「昔、なんかで見たんだよ!悪い敵をビームでやっつける番組。せっかく異能が手に入んならそんな力が良かったわ」
「子供かお前は」
カガリは呆れて、汗を垂らす。
まぁ、お前の場合……本当に物質を強化するだけの力なのかは、まだ分からんがな……。
カガリはそう思いながらも、それを口にはしなかった。
♦︎
「ちっ…じゃあ、そういう、ジジイの能力はなんなんだよ」
「ワシか?ワシはな——」
カガリがゆっくり人差し指を立てる。
次の瞬間——。
ボワっ‼︎

何もなかった指先から、炎が浮かび上がった。
小さな炎にもかかわらず、その揺らめきが部屋を淡く照らす。
「おわっ……火が出た!」
タイゴが思わず身を乗り出した。
「ワシの能力は“情熱欲”のヨークを変質させたこの炎だ」
「おぉ……」
タイゴの視線は、完全に炎へ釘付けになっている。
「光栄に思え……ワシは歳とともにヨークを生み出し辛くなってな、最近は滅多に能力なんぞ見せんからな」
フッ——。
カガリが指を下ろすと、炎は跡形もなく消えた。
「あ、消えた」
タイゴは消えた指先を数秒見つめる。
「ふーーーん」
そして、そのままごろんと寝そべり、そっぽを向いた。
「………」
カガリの表情が固まる。
「なんだ?披露させておいて、それだけか?もっと感想はないのか!」
タイゴは興味がなさそうなふりをしたまま、微動だにしない。
「まったく失礼な奴だな……」
だが——。
くそ……めちゃくちゃカッコいいじゃねぇか……!
内心では、悔しいほど心を掴まれていた。
♦︎
バッ!
タイゴが突然起き上がる。
「てかさ、俺の物質を強化する力って、俺のヨークとなんか関係あんの?」
「お前は前例がないからな、まだ分からんが……」
「発現する能力の多くはヨークの種類に影響することが多い」
「ふむ、ふむ。」
「てか、これは前にルナが伝えておったぞ。話を聞いとったのか?お前は……」
カガリは内心呆れながら、説明を続ける。
「古来より異能はヨークの潜在意識から来ていると言われている。つまり、その者が最も求める力が顕在化したものが能力になるというわけだ」
「ワシの潜在意識は情熱欲→炎と連想させたのだろう」
「ほう。」
「だが、同じヨークの種類でも力が異なるのは個人の性格、出自、経験が影響してくるからな、一概にこのヨークだからこの能力があるとは言えんのだ」
「へぇーなんか奥が深いんだな……」
シャリっ……。
話がひと段落すると、タイゴは再びスイカーンを食べ始める。
♦︎
「そういえばさ、Y.I.Lのアンチャーズって俺とルナさん以外にもいるんだろ?」
「いる。」
「どんな奴らなんだ?」
「……その内、ワシの判断でお前には紹介していこう。ただし、お前のヨークのことはまだ悟られるなよ?」
「……分かってるよ。」
カガリの声が少しだけ低くなる。
「それに、Y.I.L内部に関わる情報は全て機密事項だ。決して組織外の人間に話をするな」
「もし、お前の口から情報が漏れたことが発覚した場合、“Y.I.Lヒノモト本部”の”未詳班”が動き出す」
「未詳班?」
「あぁ、主に”野良の覚醒者”を取り締まる為に編成された本部の部隊であり、ヒノモト最大戦力のアンチャーズだ」

「お前もY.I.Lに所属しなければ、未詳の監視対象になっただろう」
「なんだそいつら……なんか、めんどそうだな……」
「安心しろ、お前は今戦闘班に所属している。ワシの管理下にある限りは、大丈夫だ」
「それに我らは怪獣対策がメイン。めったに関わることはない」
「ふーん」
タイゴは深く考える様子もなく、またスイカーンへ手を伸ばした。
♦︎
「まぁ、お前は引き続き、安心して怪獣と戦ってくれ、お前のヨークの情報は貴重だからな」
カガリがタイゴの肩をポンポンと叩く。
だが当の本人は、ごろりと寝転んだ。
「えー、もうしばらくはやだよ」
「そんなこと言うな。お前の情報はアンチャーズの未来のためでもある!」
「そのために報酬もしっかり出すぞ!」
報酬という言葉に、タイゴが僅かに反応する。
「報酬?あっ、怪獣倒したら貰えるんだっけか?」
「そうだ。この前のスイカーン戦の報酬は反映されているはずだ、見ておらんのか?」
「確か、"1万ゼン"だったよな?」
「口座を見てみろ」
「ったく、見ても変わんねぇよ」
(たかが、1万程度で俺の心が動くと思うなよ?)
タイゴは面倒そうにスマホを取り出し、口座画面を開く。
そして——。
その目が止まった。
「ゲッ?30万ゼン!?」
画面に表示されていたのは——300,000ZEN
「討伐の報酬は警怪レベルや怪獣の強さに応じて額が変わる。ましてやデータにない初の上位個体を倒したんだ妥当な額だ」
「まじかよ……」
タイゴは何度も数字を見直す。
「どうだ?少しはやる気がでたか?」
カガリが満足げに尋ねる。
タイゴはスマホを手にしたまま、それをうちわ代わりにぱたぱたと仰いだ。
「いや、一旦これで生きていけるから大丈夫!」
ズコーーン!!
カガリは盛大にずっこけた。
くっ……そうだ、こいつは極度のめんどくさがりだった……
「しばらくは俺以外のアンチャーズに頼んでくれ!」
(まったく、ワシの若い頃とは……正反対だな……)
♦︎
ピピピピ……!
突然、カガリの懐から電子音が響く。
……!!
カガリは思い出したように懐へ手を入れた。
「おっと、そういえば、前の戦闘で壊れただろう?新しいのを渡しておくぞ」
取り出されたのは、新しいアンチャーウォッチ。
カガリがそれを差し出す。
「まるで赤札だな……」
タイゴは嫌そうな顔をしながら受け取った。
その瞬間——。
ピッ!!
ヨークウォッチから光が立ち上がり、空中にホログラムが展開される。
淡い光の中から、豊かな胸元がヌルッと姿を現した。

「!?」
タイゴの目が大きく見開かれる。
「あっ、こっちか!タイゴくん!」
ルナが、ホログラム越しに映像の焦点を変えて現れる。
「おおっ!ルナさん!!」
「もう!怪獣を倒した後、そそくさと帰っちゃうんだから、心配したんだよ!」
「あっ、すいません、時計が壊れたから、どうしていいか分からず……!」
慌てて状況を説明するタイゴ
「でもアンチャーズとして、初の怪獣討伐、おめでとう!!」
「しかも上位個体を倒すなんて、すごいよ!!」
褒められた途端、タイゴは突如胸を張った。
「いやー、たいしたことなかったすよ?あいつ!!」
さっきまでカガリの前で寝転んでいた男とは思えないほど、表情にやる気が満ちている。
「今度、研究所に来てね!初の怪獣討伐のお祝いをしよう♡」
ピタッ——。
「お祝い!?」
その言葉を聞いた瞬間。
タイゴの脳裏に、よからぬ妄想が一気に広がった。
ツー……。
鼻から一筋の血が垂れる。
♦︎
「それと次回研究所に来る時、タイゴくんの“思い入れのあるもの”を持ってきてくれるかな?」

「思い入れのあるもの……?」
「そう!それから君をさらに強くする専用武器が作れるんだ!」
「おお!そうなんですね!わかりました!!」
タイゴは背筋をピンッと伸ばし、そのまま勢いよく敬礼した。
「いいね!この調子で、どんどん怪獣やっつけて研究に貢献してね!」
「はいっ!ルナさんのためなら、とことんやります!!」
「ふふっ!約束だよ?」
「あっそれと研究所に来る時は、また転送装置を使ってきてね!」
「研究所の場所は”お地蔵さん”が目印だよ」
「地蔵….??」
タイゴが首を傾げる。
「じゃあ、また会えるの楽しみにしてるよ♡」
プツン……。
ホログラムが消えた。
………。
先ほどまでルナが浮かんでいた空間を、タイゴはしばらく見つめ続ける。
やがて目元に、じわりと涙が浮かんだ。
「必ず、会いに行きます!ルナさん……!」
感動しながら会話の余韻を噛み締めるタイゴ
「……お前、やっぱり“性欲”のアンチャーズなんじゃないのか……?」
横から飛んできたカガリの呆れ声だけが、静かな部屋に響いた。
♦︎
——同時刻
シン・トウキョウ特区・アサクサ町。

昼下がり。
古い街並みと新しい商業施設が混ざり合う町は、多くの観光客で賑わっていた。
高級ブランド店の前には、富裕層の外国人客たちの長い列。
その様子を、少し離れた人形焼きの出店から二人の女店員が眺めていた。
「……はぁ。今日もすごい並びだ。ウチのお店とは大違い……」
「もう、この辺、どこの国なんだか分かんなくなってきたよね」
「海外の人は、景気が良くていいよ。ヒノモトの物価は、どんどん高くなってるっていうのにさ……」
その横を、豪華なバッグを持った海外の女性が通り過ぎる。
「あの、バックいいな……」
欲しい。自分もあれを買いたい。
もっと金が欲しい。
ズズズ……。
そんな欲が街に溢れ、人々から滲み出たヨークが静かに広がっていく。
♦︎
——アサクサ町・裏通り。
狭い路地に屋台が軒を連ね、客の声と焼き物の煙で賑わっている。
ジュウウウ……。
その一角で、派手な身なりの店主が鉄板に粉物を流し込んでいた。
「……おい」
「ん?なんだよ、今忙し——」
「なんでぇ、この店は。誰に断って商売してやがる」
顔を上げると、強面の男たちが屋台の前に並んでいた。
「は?俺はちゃんと話を通してるよ」
「……誰にだい?」
男が一歩、店主との距離を詰める。
「てめぇ、ここがどこだか分かってモノ言ってんのか? アサクサはなぁ、隅田組《すみだぐみ》のシマなんだよ」
ガシッ。
男は店主の胸ぐらを掴んだ。
「や、やめてくれよ……」
その時——。
ザッ……。
「その手、離してくれる?」
路地の向こうから、若い男たちが現れた。
「なんでぇ、てめぇらは?」
「その店、今俺らが面倒見てるんだよね」
「あぁ?どこのガキだ、てめぇら」
「知らない?」
先頭の男が襟を引き下げる。

「龍の刺青……!兄貴、こいつら龍動会《りゅうどうかい》です!根城も構成員も定まらねぇのに、闇仕事で稼いで、あちこちのシマに入り込んでるっていう……」
子分の言葉に、隅田組の男が店主から手を離した。
「へぇ。知ってんじゃん」
龍動会の男は薄く笑う。
「今日からこの辺はウチらが仕切るからさ。お前らみたいなロートルは——」
男が親指を下に向けた。
「死ねば?」
「なめんじゃねぇぞ、このガキが!!」
隅田組の子分が殴りかかる。
ドガッ!!
拳が龍動会の男の頬を捉えた。
「……そんなもん?」
男は口の端を拭い、殴り返す。
ドンッ!
「ぐっ!」
子分が屋台にぶつかり、鉄板が大きな音を立てた。
「やっちまえ!!」
怒号を合図に、両者が入り乱れる。客たちは悲鳴を上げ、狭い路地から逃げ出した。
その乱闘のさなか——。
ドンッ!!
殴り飛ばされた龍動会のリーダーが、通りを歩いていた三人組の外国人の一人にぶつかった。
「オーーー!!」
全身をコートで覆った外国人が大きくよろめく。
「ちっ……ロートルどもが」
男が舌打ちしながら立ち上がると、外国人は手を差し伸べた。
「ダイジョウブ?」

パシッ!
「触んなよ。俺、綺麗好きなんだよね。外人なんて、どんなバイ菌持ってるか分かんないし」
差し出された手を払いのけ、男は再び乱闘の中へ戻っていった。
「…………」
外国人はその背中をしばらく見つめ、仲間たちのもとへ戻る。
——ズズズ……。
罵声と拳がぶつかるたび、男たちの体からはヨークが滲み出ていた。屋台の煙に紛れながら路地に広がり、やがて街を漂うヨークと合流する。
その流れは、ゆっくりと一つの方向へ向かっていた。
♦︎
——アサクサ町・欲門前。
巨大な門の左右に鎮座する、雷神と風神の像。
その胸元の中では、長年蓄積されてきたヨークによって、小さな結晶が形成され始めていた。
ピシ……ピシッ……。
ヨークを吸い上げながら、結晶は少しずつ大きくなっていく。
——続く
おまけ



今回は長くてスキマ時間に読むのは大変でした。長かったので色々と知りたかった事も少しだけど知れました。
スイカーンってモロスイカ?!って思いました。数日経っても新鮮って(笑)
今度はアサクサに場所が変わって展開が広範囲?でどうなるか気になってます。