第6話 キュウリィャヤヤァア!!
——ツクモ海岸 上空
ババババババッ——!!
激しいローター音を響かせながら、一機のヘリコプターがツクモ海岸上空へと接近していく。
「まもなく、現場上空」
操縦士から報告が入る。
「了解。特異体は視認できるか?」
「はっ! 三時の方向——"僅か"ですが、対象を視認!」
操縦士の目には、海岸に立つ怪獣の輪郭が辛うじて捉えられていた。
「了解。現在、特機戦闘班のテングマンが交戦中との報告を受けている」
隊長が振り返り、機内で待機する隊員たちを見渡す。
「我々は被怪者の救処・保護を最優先とする!」
「了解!!」
ガスマスクを装着した隊員たちが、一斉に立ち上がった。隊長も装備を整え、開かれたハッチへと向かう。
——ヒノモト防衛隊 特異作戦群。
通称《欲処理班》
隊長がハッチ際に立ち、眼下に広がるツクモ海岸を見下ろした。

「全員、降下用意!!」
「降下用意、完了!!」
「——降下!!」
その号令と同時に——。
隊長を先頭に、欲処理班の隊員たちが次々とヘリから飛び降りていった。
◆︎
——ツクモ海岸砂浜
タイゴが左手を何度も握っては開いていた。
「なんだ?左腕の痛みが少し楽になったぞ?」
先ほどまで走っていた激痛が、僅かに引いている。
「よくわかんねーけど、これならまだ戦えるぜ!」
タイゴは今度こそ両手でしっかりとバットを握り、腰を落として構えた。
ダッ——!!
砂を蹴り、スイカーンへ一直線に駆け出す。
「うおりゃああああ!!」
全身の力を込め、バットを振り下ろした。
しかし——。
パシッ!
スイカーンは両手で、いとも簡単にバットを受け止めた。
「おりゃ!」
パシッ!
「おりゃあ!」
パシッ!
右から、左から、上から——。
タイゴが何度バットを振るおうとも、そのすべてをスイカーンは華麗に受け止めていく。
次第に、タイゴの顔に焦りが滲み始める。
対するスイカーンは、涼しい顔で立ったままだった。
◆︎
——遊歩道
その光景を、避難途中の親子が遠巻きに眺めていた。
離れた砂浜では、タイゴが一人、何もない空間へ向かって猛烈にバットを振り回しているようにしか見えない。
「ねぇママ、あの人避難せずに一人でなにしてるの?」
子どもが不思議そうに指を差す。

「多分”異常災害”でおかしくなっちゃった人かも、見ちゃダメ。」
遠くから——。
「オリャオリャ!」
タイゴの叫び声だけが響いてくる。
母親はそっと子どもを抱き寄せ、その光景から目を逸らさせた。
◆︎
「……」
スイカーンは微動だにせず、タイゴの前に立っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
対するタイゴは肩で大きく息をする。
「くそ!せっかく攻撃が通じたと思ったら、今度はパシパシ止めやがって……」
スイカーンは何も答えない。
ただ静かに、再び両腕を構えた。
「こうなったら──上からいくと見せかけて……」
バッ——!
タイゴが大きくバットを振りかぶる。
それを見たスイカーンも、白羽取りの構えに入った。
「フェイント!!」
振り下ろす——と見せかけて。
タイゴは寸前で軌道を変え、下段から一気にバットを突き上げた。
ドッゴン!!!
「……!!!!!」
バットがスイカーンの腹部へ直撃する。
バキキッ!
スイカーンの硬い表皮に、大きな亀裂が走った。
「よっしゃ——!!当たったぜ!!」
タイゴが拳を握る。
だが——。
次の瞬間。
ズズズズズ……
禍々しいヨークが亀裂から漏れ出してくる。
「……イアノ…ブンザイデ……」
低く、不気味な声が漏れた。
◆︎

「キュウリィャヤヤァア!!」
スイカーンが絶叫した。
直後——亀裂の入った腹部から、大量の種子が勢いよく噴き出す。
ピュンピュンピュン!!
「うおっ……次はなんだよ!?」
タイゴは異変を感じ、慌てて距離を取った。
種子が次々と砂浜へ突き刺さっていく。
「……てかこいつ……」
「キュウリって鳴き声だったんだ……」
「キュウリャヤア!!!!」
思わず、タイゴの頬を一筋の汗が伝った。
その間に——。
ニュルニュル……。
砂へ突き刺さった種から芽が出た。
…………!!
それは凄まじい勢いで伸び、緑色のツルとなって砂浜を這い始める。
「……これは?さっきのツルか??」
タイゴが身構えた、その時だった。
「ちょっと!!」
「!!」
背後から突然声をかけられ、タイゴが振り向く。
そこには海岸の係員が立っていた。
「何してるの君!早く避難しないと!」
係員がタイゴへ近づいてくる。
「あっ、おい!ここから離れろ!」
「離れろって…君が避難を——」
ニュルニュル……
ツルが係員の足元へ、絡みついた。
「ん?なんか足に絡まった??」
直後——。
「…がっ!!喉が……!喉が……渇く……水が欲しい…」
係員が首元を抑える。顔は生気をみるみる失っていき、その場へ崩れ落ちた。
——!!
◆︎
——遊歩道。
ザワザワ……。
海岸から避難してきた人々で、一帯は騒然としていた。
「我々はヒノモト防衛隊です。皆さん、これより海岸一帯は封鎖します。指示に従って、こちらまで避難をお願いします」
欲処理班の隊員たちが、人々を安全な場所へ誘導していく。
「スイカぁースイカぁー」
先ほどスイカーンの影響を受けた父親が、虚ろな目でうわ言を繰り返していた。
「パパー!!」
子どもたちが泣きながら、その父親へ駆け寄ろうとする。
「旦那様は、異常災害の影響を受けている可能性があります。至急特別病院に運びますので、我々に任せてください。」
「はい…!!」
母親が不安そうに頷く。
「要"救処者"、保護!」
「運び出せ!」
隊長の指示で、隊員たちが父親を運び出そうとした。
その時——。
ドサッ! ドサッ!!
「……うっ…のどが…!!」
「…水分くれ…スイカの水分でもいい…!」
避難していた男女が、その場へ倒れていく。
『隊長!!』
「どうした!!」
「"おそらく"、一般市民が特異体の攻撃を受けています!!」

◆︎
——砂浜。
「なにか水分を…くれぇ!!」
倒れた係員が、苦しそうに喉を押さえる。
「おい!?……どうしたんだよ!」
タイゴは係員の様子を確認すると、すぐさまスイカーンへ振り返った。
「何しやがった!!」
「………」
スイカーンは答えない。
地面を這う一本のツルを掴み、そこに流れてくるヨークを身体へ吸収していた。
そして——。
いつの間にか、先ほどタイゴがつけた腹部のヒビが完全に消えている。
「スイカ頭のヒビが消えてる…??」
タイゴは周囲へ視線を走らせた。
「とにかく、このツルをなんとかしねぇと!」
係員に絡みつくツルへ、バットを振り上げる。
「オラァ!!」
ブチぃッ!!
バットが直撃し、ツルが真っ二つに断ち切られた。
「調子に乗んなや!クソヅルが!!」
ブチっ! ブチっ! ブチっ!
タイゴは勢いのまま、周囲に伸びていたツルを次々と断ち切っていく。
「うっ……あれ?」
係員の目に光が戻った。
「よし!!」
「……何が起こったの??」
訳もわからず上体を起こす。
「さっさっと!どっかいけ!!」
「ひっ!!」
タイゴの怒号に驚き、係員は慌てて砂浜を走り去っていく。
だが——。
ニュルニュル…
——ブブブブ…!!
先ほど断ち切ったツルが、ひとりでにうごめき始めた。
「……!!今度はなんだよ!?」
ツルの先端から、小さな芽が伸びていく。
みるみる膨らみ——。
そこから、小型のスイカーンが生まれ落ちた。

「キュリィ!!」
「なんだこいつは…!!」
タイゴがバットを構える。
「キュリィ!!キュリ!!」
一体。 二体。
三体——。
切り落とされたツルの数だけ、次々と小さいスイカーンが誕生していく。
シュシュシュッ——
生まれた小型スイカーンたちは、一斉に親玉の元へと駆け寄り、前へ整列する。
そして——。
「ワレハ…スイカノ…オウ!!」
完全復活したスイカーンと小型スイカーン達が構える。
「増えやがった! そんなのありかよ!?」
「キュリィイイイ!!」
小型スイカーンたちの雄叫びが、砂浜に響き渡った。
◆︎
「……コワセ…」
スイカーンが静かに命じる。
「キュリリィ!!」
その瞬間——。
大量の小型スイカーンが、一斉にタイゴへ襲いかかった。
「ちっ、ふざけやがって…!!」
タイゴがバットを握り締める。
「オラァ!!」
バキィッ!!
一体目を粉砕。
「ぶっとべ!!」
ドンッ!!
二体目を横薙ぎに吹き飛ばす。
「はじけろや!!」
ボンッ!!
三体目を振り抜いたバットで弾き飛ばした。
しかし——。
「キュリリィ!!」
倒しても倒しても、その向こうから次々と押し寄せてくる。
「……くそ!!数が多すぎる!!」
「キュリィィ!!」
死角——。
背後から飛びついてきた一体が、タイゴの腕を掴んだ。
「あっ!!!」
「キュリリィ!!」
さらに背中。反対の腕。両脚。
次々と小型スイカーンがしがみついてくる。
瞬く間にタイゴの身体は大の字に固定された。
「……う、、動けねぇ……!!」
ズズズズズゥン…。
不気味な音と共に、スイカーンの両手と両脚へ膨大なヨークが集中していく。
………!!
タイゴの顔が引きつる。
「おいおい、それはやべぇっ——」
◆︎
「キュウリィャァア!!!!!」
【全身全霊パンチ】
——ズドンッッツ!!
拳がタイゴの腹部へ直撃した。

凄まじい衝撃が腹を貫き——そのまま背中まで突き抜ける。
バサァッ!!
背中側のスーツが、衝撃波に煽られて大きくはためいた。
「ぐふぉあ……!!」
拘束されたタイゴの身体が、その場でガクンと折れる。
ドサッ……。
力が抜け、そのまま砂浜へ崩れ落ちた。
「キュリィ!! キュリィ!!」
小型スイカーンたちが、勝ち誇ったように飛び跳ねる。
………。
タイゴは倒れたまま動かない。
(…こ…こいつら、まじで、めんどくせぇ……)
ドクンッ!!
(あちぃし……いてぇし……)
(かったりぃ……)
(……はやく、帰りてぇし……)
ドクンッ!!
ズズォォォォォォ…!!
タイゴの両手を覆うアンチャーグローブへ、凄まじい勢いでヨークが集まり始めた。
◆︎
ドドクンッ!!!
心臓が激しく脈打つ。
ザクッ…。
タイゴは地面に落ちたバットを杖代わりにし、ゆっくりと立ち上がった。
その全身から——黒いヨークが溢れ出している。
「……けどなぁ……」
……!!!!
異様な変化を感じ取ったのか、スイカーンが初めて動揺を見せた。
「俺は……“群れるやつ”が一番嫌いなんだよ!!!!」
次の瞬間——。
黒いヨークが、タイゴの全身を覆い尽くした。
◆︎
「コワセ…!!」
「キュリキュリィ…!!」
小型スイカーンたちが、再び四方八方から襲いかかる。
——ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!
「キュリィ....」
先ほどまでとは、速度がまるで違う。
一撃。 二撃。
三撃——。
「リィ……」
タイゴの攻撃により、小型スイカーンたちが、次々と砕け散っていく。
「オラオラオラオラァ!!!」
ビチャビチャビチャ!!
バットが振るわれるたび、スイカの果汁と破片が辺り一面へ飛び散った。
……!!!!
スイカーンは、その光景をただ見つめるしかなかった。
◆︎
「はぁ……はぁ……」
やがて——。
砂浜に残る小型スイカーンは、一体もいなくなった。
タイゴは全滅した残骸を背に、ゆっくりとスイカーンへ歩み寄る。

「…どうするよ?お前の子分はもういなくなっちまったぜ?」
タイゴはバットの先端を、スイカーンの喉元へ突きつける。
「オノレ……!」
「キュリャァアア!!」
【全身全霊パンチ】
ダァンッ——!!
スイカーンの渾身の拳が放たれる。
しかし——。
ガッ!!
タイゴはバットを横に構え、その衝撃を正面から受け止めた。
グググググ….。
「同じ手を、そう何度も喰らうかよ!!」
両者の力が激しく拮抗する。
そして——。
——キィィン!!!!
タイゴがバットを振り抜き、スイカーンの拳を弾き飛ばした。
「ッ……!」
スイカーンの体勢が崩れる。
その隙を逃さず、タイゴはバットを大きく振りかぶった。
「オラァァァ!!!!」
そのまま——。
上段から、全力で振り下ろす。
◆︎
ズッドンッ!!!!!!
凄まじい衝撃波が砂浜を駆け抜けた。
だが——。
バシィィィ‼︎‼︎‼︎
再び。スイカーンが両手でバットを受け止める。
「ギュリリリリリリリリ……」
「こんなもんじゃねぇだろ……!!」
「バットは”頭を潰す為”にあんだろうがぁ!!!」
※違います。
ドックン!!!!
ズズズズズズズ…!!!
タイゴの手から溢れ出した大量のヨークが、握っていたバットへと流れ込んでいく。
そして——。
シュルルルルル…!!!
バットの形が変わり始めた。

細かったバットが膨れ上がり、歪み、捻れ——みるみるうちに禍々しい怪物の鱗ような見た目の鈍器へと姿を変えていく。
ズズン…!!
さらに重く。さらに大きく。
さらに強く——。
——なんだバットの見た目が…?
タイゴ自身にも、何が起きているのか分からない。
だが——。
でも、これならいける…!!!!
両手に力を込める。
「いいかげんッ──沈めやコラッ!!」
【即席変化《ソクセキヘンカ》──激重バット】
◆︎
ドッゴォォォオオオン!!!
巨大な衝撃が炸裂した。
砂浜全体が波打ち、巻き上げられた砂が周囲へ吹き飛んでいく。
激重バットは、受け止めようとしたスイカーンの両手をそのまま貫き——。
頭部へ直撃した。
「キュリィャャャャ……!!」
バキィィン……!!
スイカーンの身体は、真っ二つに割れ、体内のヨーク核が砕ける。
──ドォオン!!
巨大な身体が砂浜へ倒れ込む。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「やったか……」
ドサッ!
タイゴは力が抜け、その場へ尻をつく。
……何だったんだ?今の力?
直後——。
役目を終えたバットが、ボロボロと崩れ始めた。
「ははっ……使いすぎて壊れちまったぜ」
◆︎
タイゴは完全に動かなくなったスイカーンを見つめた。
「疲れたぁ……!!」
そのまま砂浜へ大の字に倒れ込む。
バババババッ!!
上空からヘリコプターのローター音が響いてきた。
「……なんか、騒がしいな……イテテッ」
寝転んだまま空を見上げる。
そして腕につけていた、壊れたアンチャーウォッチへ目を向けた。
「これじゃ、連絡とれねぇよな…?もう終わったし、帰っていいのか…??」
当然、答えは返ってこなかった。
◆︎
「…てか、喉…乾いたな」
タイゴがゆっくりと上半身を起こす。
辺りを見渡せば——。
そこら中に、砕け散ったスイカーンたちの残骸が転がっていた。
ズーーーン…。
(そういえば……こいつらも、食えるのかな?)
タイゴは試しに、近くに落ちていたスイカーンの残骸を拾い上げる。
天狗のお面の口元部分を少し浮かす。
そして——。
シャリ……。
一口、かじった。
シャリ……シャリ……っ!?
「なんだこれ……? うめぇえええ!!!!」
タイゴは夢中でスイカーンにむさぼりついた。
「こんな水々しいスイカ、食ったことねぇ!!」
◆︎
一方——遊歩道。
「やったのか…??」
双眼鏡で現場状況を確認する隊長。
「特異体の殲滅を確認!!引き続き、各自処理に努め!」
欲処理班の隊長が、無線で周囲の隊員たちへ指示を飛ばす。
その近くで、避難していた子どもが再び砂浜を指差す。
「——うめぇ! うめっ! うめぇぇぇ!!!」
遠目にタイゴの姿が見える。
「ねぇママ、あの人、次はなにをしてるの?」
遠くでは——。
「うめぇーー!!!」
叫んでいるタイゴの姿があった。
母親は子どもの顔を自分の胸へ押しつけた。
「見ちゃダメ……!!!」
しばらくして——。
タイゴは持ってきた袋の中へ、大量のスイカーンを詰め込んでいた。

「これで当分、飯に困らねぇな。──よし、帰るか!」
袋を担ぎ上げると、そのまま何事もなかったかのようにツクモ海岸を後にした。
◆︎
——タイゴが去った後。
静かになった砂浜には、真っ二つになったスイカーンの残骸の欠片が残っていた。
スタッ……。
そこへ、一人の女性が舞い降りる。
長く伸びた影が、スイカーンの残骸へ重なった。
「──要請があったから仕事を抜けて急いで来たけど、もう終わってるじゃない?」
女は足元に転がっていた残骸を、指先でつまみ上げる。
そして、その断面をじっと眺め——。
「ふぅーん……やるじゃない、新人くん」
——続く!!


ドキドキしました。タイゴは主人公だから死なないと分かってはいましたが羽交い締めにされて攻撃されては…と思ったらやっぱり窮地に追い込まれて力が爆発して嬉しくなりました!
新しいアンチャーズの次回登場するのかも楽しみです。